物事は抽象的から考え始める

タケチ
タケチ

どうもタケチです。

今日は「物事は抽象的から考え始める」という事について話していきたいと思います。

まず言葉の意味から考えてみましょう。

抽象とは個々の事実や観念から共通する要素を抜きだして一般的な概念を創り上げることとあります。

ちょっとわかりにくいですね。

簡単に言えば、具体的という意味の逆です。

人からアドバイスともらいたいときにただ単に「○○を頑張れ」っと言われるような感じです。

アドバイスをもらった方は「何を?」とモヤモヤすると思います。

抽象的とはそういうフワフワとしていて、つかみどころがなく

実にあいまいです。

しかし、このあいまいさがあるが上にいろんな選択肢がある状態と言えます。

常に物事がはっきりしていることは非常にまれだと思います。

彫刻家の人がいきなり詳細なパーツから作成することはないと言われています。

なぜかというと、少し考えればわかると思いますが、いきなり目を作るとしたら

その目を基準にした形をつくらなければいけなくなるため、作業が難しくなります。

小さなところから始めてしまうと,

作業が終わるまで最初の設定したものに合わせなければいけないために縛られてしまいます。

ここで僕が何を言いたいかというと、物事の大枠は抽象的に考えた方がいいということだ。

個人的なベストの生き方は今も実行中で、「人生イージーモードで生きて往こう」だ。

非常にざっくりしていて、大枠はおそらく一度もぶれてはいない。

あとはそこにいかに近づくためにできることを詰めていくだけだ。

今の職業は設計をしているが、この一本だけをやっていこうとは思っていない

設計はあくまで人生イージーモードにさせるための一つの方法に過ぎないと思っているからだ。

こだわりなんかない。

そして、他にもできることはないかと考え中である。

働き始めて10年間設計をしているが、

もし、僕には設計の仕事しかないと思っていて

いつの日かダメになった時は、

設計の業務を基準にした職種を探してしまうだろう。

そういう思考にならないためには、自分の軸を抽象的に考えて、

選択肢を狭めないようにする必要がある

以上

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